Deep Blue(ディープブルー)とは
Deep Blueとは、IBMが開発したチェス専用のコンピュータです。1997年5月、当時の世界チャンピオンだったガルリ・カスパロフ氏との6番勝負を3.5対2.5で制し、通常の持ち時間で行う番勝負で、現役の世界王者に勝った最初のコンピュータになりました。読みは「ディープブルー」。
時期と種類は取り違えやすいところです。ChatGPTの一般公開(2022年11月30日)より25年前の出来事で、Deep Blueは文章を書いたり会話したりするAIではありません。できるのはチェスだけ。強さの源も、データから学ぶ仕組みではなく、人が作った判断基準と、桁外れの速さで先を読む計算でした。
「初めて勝った」のは1996年、番勝負を制したのは1997年
Deep Blueとカスパロフ氏の対戦は2回あります。1回目は1996年2月、米国フィラデルフィアでの6番勝負でした。Deep Blueはその第1局に勝ち、通常の持ち時間でコンピュータが現役の世界王者から挙げた最初の1勝になります。ただし番勝負そのものは、立て直したカスパロフ氏が4対2で制しました。
IBMのチームは、再戦に向けて機械を作り直しています。開発者の論文によると、チェス専用のチップを新しく設計し、局面の良し悪しを測る観点を約6,400個から8,000個以上へ増やし、チップの数も2倍以上にしました。論文が「1996年に負けた版と、1997年に勝った版は別物」と断っているほどの改造です。
再戦は1997年5月、ニューヨークで行われました。第1局はカスパロフ氏、第2局はDeep Blueが取り、そこから3局続けて引き分け。最終の第6局をDeep Blueが制して決着します。敗れたカスパロフ氏は、「敬意を表さなければならない。このコンピュータは、誰の予想よりもはるかに強い」と語りました。
どうやって世界王者に勝ったの?
中身は、30台のコンピュータにチェス専用のチップ480個をつないだ並列計算機です。指せる手を片端から調べ、数手先の局面に点数を付けて、いちばん良い結果になる手を選びます。考え方は、アルファベータ枝刈りと呼ばれる、昔からあるゲーム探索の延長でした。
よく引かれる「1秒に2億局面」は、IBMが再戦の前に示していたおおよその数字です。論文に残る実測では、局面によって毎秒約1億から2億、再戦を通した平均は約1億2,600万局面でした。3分考えると、自分と相手の指し手を1手ずつ数えて平均12手ほど先まで、すべての手を調べ切れます。王手が続くような一本道の変化は、さらに深く追いました。
点数の付け方、つまり駒の損得や働き、王の安全などを測る8,000以上の観点は、大半を人が作り、重みも手で調整しています。序盤の定跡(約4,000局面)も、グランドマスターと呼ばれるトップ棋士たちの手作り。定跡を外れたあとは、グランドマスターの対局70万局をまとめたデータを、指し手を選ぶ参考にしました。
例外もあります。王を守るポーンの並びに付ける重みは、学習の手法で確かめたところ、人が決めた値が一貫して低すぎると分かり、再戦の前に引き上げられました。
いまのAIと何が違う?
いちばんの違いは、自分では学ばないことです。IBMは再戦当時の公式FAQで、Deep Blueは対局しながら相手を「学ぶ」ことはなく、蓄えた情報と計算で応じる、強力なエキスパートシステムのようなものだと説明しました。「Deep BlueはAIを使っているのか」という問いに、「短く答えれば『いいえ』」と書いたほどです。できるようになった途端に「知能ではなく計算」と見なされる現象を、AI効果と呼びます。
その後のチェスAIは、逆の道を進みました。DeepMind(現Google DeepMind)が2018年12月に成果をまとめて発表したAlphaZeroは、与えられたのが基本ルールだけ。自分自身との対局を約9時間くり返して強くなり、コンピュータチェスの世界王者だったソフトStockfishに勝ち越しています。1秒に読む局面は約6万で、Stockfish(約6,000万)の1,000分の1ほどでした。DeepMindはこの発表のなかで、Deep Blueを「強い人間が手作りした数千のルール」に頼る従来型の例に挙げています。
読む量で押し切る方法から、どこを読むべきかを学ぶ方法へ。Deep Blueは、機械学習が主流になる前の時代の到達点と捉えると、位置づけがつかめるでしょう。
IBMはなぜチェスに挑んだの?
IBMは当時のFAQで、数百万ドルと5年をかけた理由を問われ、チェスとカスパロフ氏は進歩を測る物差しにすぎないと答えています。狙いは、膨大な計算を並列でこなす技術そのものでした。投資の配分、小売の在庫管理、新薬の候補になる分子の振る舞いの予測といった、選択肢が多すぎて解ききれない問題への応用を挙げています。
チェスを選んだ理由としては、情報理論を築いたクロード・シャノンの1950年の言葉を引きました。ルールも目的もはっきり決まっていて、単純すぎもせず、難しすぎもしない。AIを業務で試すときの題材選びにも、同じ目安が使えるのではないでしょうか。
Topic世界王者が1秒に読むのは、約3局面
IBMは1997年のFAQで、Deep Blueの速さを説明した直後に、こう書き添えています。「ちなみに、ガルリ・カスパロフが評価できるのは、1秒におよそ3局面」。読む量に数千万倍の開きがあっても、6番勝負は1勝差でした。開発者の論文も、強い人間は、どれほど速い機械の総当たりでも届かない深さまで読めると認めています。同じFAQは、カスパロフ氏の相手をコンピュータではなく「過去のグランドマスターたちの亡霊」と表現しました。機械の中に入っていたのは、人間が100年かけて積み上げた棋譜だったからです。
Deep Blueに関するよくある質問
- Deep Blueの実物は、いまどこにありますか?
- 対局のあとDeep Blueは引退し、IBMによると米国ワシントンD.C.のスミソニアン博物館へ収められました。本体は2つの筐体(タワー)に分かれていて、米国カリフォルニア州のコンピュータ歴史博物館も、そのうちの1つをチェスの展示で紹介しています。
- 「Deep Blue」という名前の由来は何ですか?
- IBMの愛称「Big Blue」にちなんだ名前です。IBMの公式の沿革によると、開発の中心メンバーは米カーネギーメロン大学でChipTest、Deep Thoughtというチェス機を作っており、1989年からIBMの研究所へ移りました。そこで改良を続けた機械が、Deep Blueと改名されています。
- カスパロフ氏に合わせた特別な対策は、役に立ったのですか?
- 開発者の論文によると、序盤の準備はカスパロフ氏との対局で現れそうな形にいちばん力を入れました。ところがカスパロフ氏専用に用意した研究は、1997年の番勝負で一度も盤上に現れなかったと書かれています。定跡そのものは、Deep Blueがうまく指せる局面になるものを選んで作られていました。
- カスパロフ氏は、その後のチェスAIをどう見ていますか?
- 2018年、自己対戦で学ぶAlphaZeroについて、カスパロフ氏はDeepMindの発表に「とてもダイナミックな棋風で、私自身のものによく似ている。満足を隠せない」とコメントを寄せました。自分で学んだ機械が生み出す新しい知識から、人間のほうも学べるとも述べています。