AI効果(エーアイこうか)とは

AI効果とは、AIが何かをできるようになると、人々がそれを「本当の知能ではない」と見なし、AIの定義から外してしまう現象のことです。かつては「知能の証」と思われた作業も、機械が解けるようになると「ただの計算だ」と評価が下がりがちです。AIが進歩するほど、「これこそ知能」と呼ばれる範囲が、逃げ水のように先へずれていきます。

「できた瞬間」に格下げされる

わかりやすい例がチェス。昔は「知能がなければ勝てない」と思われていました。1997年5月、IBMのDeep Blueが当時の世界王者カスパロフ氏との6局の再戦を3.5対2.5で制します。ChatGPTの一般公開より25年も前の出来事でした。ところがIBM自身、この再戦に合わせて開いた公式サイトのFAQで、「Deep BlueはAIを使っているのか」という問いに「短く答えれば『いいえ』」と答えています。強さの源は人間の考え方をまねることではなく、計算力と単純な探索・評価の仕組みだ、という説明でした。作った本人でさえ、「知能ではなく計算」と言い換えていたわけです。

なぜ、できたことは「AI」と呼ばれなくなるのか?

理由の一つは、仕組みが分かると「魔法」ではなくなるからです。MIT人工知能研究所の所長だったロドニー・ブルックス氏は2002年、米Wired誌の取材に「一つ解き明かすたびに魔法ではなくなり、『なんだ、ただの計算か』と言ってしまう」と嘆いています。昔は仲間内で、AIとは「almost implemented(ほぼ実装済み)」の略だと冗談を言っていた、とも語りました。

もう一つは、身近になりすぎることです。英オックスフォード大学のニック・ボストロム氏は2006年、ネット検索や銀行の取引処理、医療診断のソフトにAI由来の技術がすでに入っていると指摘し、「十分に役立ち、ありふれたものになると、もうAIとは呼ばれなくなる」と米国のニュース専門局の取材に答えています。裏を返せば、毎日使っている道具の中にも、かつて最先端のAIだった技術が「AI」の名札を外して入っている、ということ。AIがいつも「まだできていないこと」の代名詞になりやすいのも、うなずけるのではないでしょうか。

ELIZA効果やモラベックのパラドックスとの違い

名前の似た言葉と並べると、何の話かがはっきりするでしょう。ELIZA効果は、単純なプログラムの受け答えに、実際には無い理解力や感情を読み取ってしまう心理で、いわばAI効果とは逆向きの“買いかぶり”です。モラベックのパラドックスは、チェスのように人間に難しいことが機械には易しく、歩く・つかむといった当たり前の動作ほど難しいという「難しさの逆転」の話。AI効果はそのどちらとも違い、できるようになったことを「知能」と呼ぶかどうかという、呼び名の問題です。反対に、実際以上にAIを使っているように見せて売り込む動きはAIウォッシングと呼ばれ、こちらは宣伝の誇張の問題です。

Topic有名な「テスラーの定理」、本人の言葉は少し違う

AI効果を言い当てた言葉として、「AIとは、まだ実現していないことすべてだ」がよく引かれ、「テスラーの定理」と呼ばれてきました。ところが名前の主で、カット・コピー・ペーストの主な考案者でもあるラリー・テスラー氏は、自身のサイトで「実際に言ったのは『知能とは、機械がまだやっていないことすべてだ』」と書いています。1970年ごろ、スタンフォード大学のAI研究所にいたころの言葉です。本人の説明では、多くの人は“人間だけが持つ知能”を人間らしさのよりどころにしていて、機械や動物にできることは知能とは別の何かだ、と考えたがる。主語は「AI」ではなく「知能」で、皮肉の矛先はAIの定義よりも人間の自尊心に向いていたのです。

AI効果に関するよくある質問

「AI効果」は、AIを導入したときの効果(費用対効果)のことではないのですか?
別物です。ここでいうAI効果(英語でAI effect)は、AIにできるようになったことが知能として数えられなくなる“呼び方”の現象で、業務の効率化や売上アップといった導入の成果を指す言葉ではありません。導入の成果を調べたい場合は「AIの導入効果」「費用対効果」で探すと、目的の情報にたどり着きやすくなります。
Deep Blueは、今ではAIの歴史に数えられているのですか?
数えられています。現在のIBMの社史ページは、1997年の勝利を、スーパーコンピューターとAIが人間の思考をまねられる未来の到来を告げるものと書いています。当時の公式FAQは「どんなに鈍い人よりも“知的”ではない。考えるのではなく反応するだけだ」とまで書いていたので、AIと呼ぶかどうかは同じ会社の中でさえ時代で揺れるわけです。

AI効果に関連する記事