キャズムとは
キャズムとは、新しい技術や製品が世の中へ広がっていく途中に横たわる「深い溝」のことです。新しもの好きの層には順調に売れたのに、世の中の大半を占める慎重な層にはぱたりと届かなくなる。この断絶を、英語で深い裂け目を意味するchasmにたとえた言葉で、自社のAI製品の売り方にも、社内へのAI普及にも当てはまる考え方です。
1991年のベストセラーが生んだ理論
提唱者はマーケティングコンサルタントのジェフリー・ムーア氏。1991年の著書『Crossing the Chasm(キャズム)』で示しました。下敷きにあるのは、新しいものを採用する順に人々をイノベーター、アーリーアダプター、アーリーマジョリティ、レイトマジョリティ、ラガードの5つに分ける古典的な普及理論です。ムーア氏は、このうちアーリーアダプターとアーリーマジョリティの間にだけ、ひときわ深い溝があると主張しました。同書は版を重ね、2014年の第3版までに累計100万部を超えています。
溝の正体は「買う理由」の違い
なぜそこに溝ができるのでしょうか。アーリーアダプターは、新技術そのものに将来性を見いだして買う「ビジョナリー(先見者)」です。一方アーリーマジョリティは、実績と完成度がそろって初めて買う「実利主義者」。つまり前者への売り文句(新しい・すごい)が、後者にはむしろ不安材料(枯れていない・前例がない)に化けるのです。同じ製品なのに、求められる証拠ががらりと変わる。これが溝の正体です。
AI導入の「社内キャズム」
この見立ては社内のAI普及にもそのまま使えます。新しもの好きの社員が生成AIを使いこなし始めても、大多数の社員は「自分の業務での実績」と「困ったときの支え」が見えるまで動きません。熱心な数人で止まっているなら、それは社内キャズムの手前にいるサインです。乗り越える定石は、対象を絞ること。全社一斉ではなく、特定の部署・特定の業務で「うちの仕事で効いた」という事例を作り、そこを足がかりに隣へ広げていく。チェンジマネジメントの実践とも重なる進め方です。
Topic元祖の学者は「そんな溝はない」と異議を唱えた
キャズム理論の土台になった5分類の生みの親は、社会学者のエベレット・ロジャーズ氏です。ところが当のロジャーズ氏は後年、採用者のグループの間に「鋭い断絶はなく、連続的に変化する」とキャズムの存在そのものに異議を唱えていました(英語版Wikipediaで確認)。100万部超のビジネス理論に、土台を作った学者本人が異を唱える。実務で役立つモデルと学術的な厳密さは別物だと教えてくれる逸話です。
キャズムに関するよくある質問
- 「キャズム」は英語でどういう意味ですか?
- chasmは地面の深い裂け目・大きな溝を指す英単語です。落ちたら容易に這い上がれない裂け目のイメージが、新製品の普及が突然止まる断絶の比喩として使われています。
- AIサービスを選ぶ側にとって、キャズムは関係がありますか?
- あります。検討中の製品がキャズムを越える前の段階なら、機能は新しくても導入事例やサポート体制が薄い可能性があります。自社が実験台になる覚悟があるか、実績がそろうまで待つかを意識的に選べるようになります。
- キャズムを越えられなかった製品はどうなりますか?
- 一部の愛好者向けの小さな市場にとどまるか、資金が続かず撤退する例が多くなります。技術として優れていることと、慎重な多数派に選ばれることは別問題だという教訓でもあります。