Neats and Scruffiesとは
Neats and Scruffiesとは、AIの研究の進め方を、整った理論や原理から組み立てる「Neats」と、実験で確かめながら目の前の問題に合う仕組みを積み上げる「Scruffies」の2つに分けて呼ぶ言い方です。1970年代のAI研究から生まれたとされ、英語のneatは「きちんとした」、scruffyは「身なりがだらしない」という意味。どちらが正しいかの決着はついておらず、優勢な側は時代によって入れ替わってきました。
NeatsとScruffiesは、何が違う?
AIの歴史をまとめたニルス・ニルソン氏の本(2009年)では、Scruffiesは、特定の問題を解くために実験で作った、その場に合わせた手順の寄せ集めを好んだ研究者たち。Neatsは、理論に裏づけられた原理にもとづくプログラムを好んだ研究者たちとされています。1981年にこの対比を論文で取り上げたロバート・エーベルソン氏の言い方は、もっと短く「Neatの一番の関心は、物事が整然として予測どおりであること。Scruffyは、ありのままの世の中のもみ合いを求める」。
具体的には、どんな研究でしょうか。ブラジルのサンパウロ大学のファビオ・コズマン氏が2021年に書いた論文は、Neatsの代表例に、ジョン・マッカーシー氏が1958年に提案した「アドバイステイカー」を挙げています。論理の言葉で書いた文を受け取り、そこから結論を導くプログラムの構想です。一方の1960〜1970年代には、1つの課題を解けると示したところで「勝利」を宣言し、ほかにも通じる設計の原則はあまり詰めないプログラムが多く、Scruffiesは、さまざまな筋道で考えたり決めたりするプログラムを作ろうとしていた、と論文は振り返ります。
同じ論文によると、どちらの呼び名もほめ言葉ではありません。Scruffiesは、複雑で訳の分からない仕組みに迷い込んだ「身なりのだらしない人たち」。Neatsは、象牙の塔で理論を唱え、現実の細かな事情から離れた「堅苦しい人たち」。相手の陣営を指して使うのに向いた言葉なのです。
優勢だったのは、どちら?
コズマン氏の論文は、AIの歴史をこの2つの間の揺れとして描いています。1990年代には確率や統計、最適化にもとづく方法がAIのすみずみに広がり、行動の価値を数値で測って最大にする、という1つの原理でまとめる、Neatsらしい流れが強まりました。2004年には作家のパメラ・マコーダック氏が、本『Machines Who Think』で「AIはNeatsの覇権の下にある」と書いたほどです。
ところが、2010年ごろから主役になったのは深層学習でした。論文によれば、ジェフリー・ヒントン氏、ヤン・ルカン氏、ヨシュア・ベンジオ氏、ユルゲン・シュミットフーバー氏らは、ニューラルネットワークを磨き続ける「断固としてScruffyなやり方」を貫いて勝ちました。ChatGPTなどの土台になっているトランスフォーマーも、脳の構造とは直接の関係がない工夫の積み重ねで、単純な原理から働きを理解する見込みも今のところない。論文の評価は「まさにScruffyなやり方」です。
なお、この論文が書かれたのは2021年で、ChatGPTの一般公開(2022年11月30日)より前。論文は、データを増やせば何でもこなすネットワークができるという信念が深層学習の研究者に広くあると指摘し、それが実現すれば「Scruffiesの勝利で、Neatsはその勝利を教科書で整理して説明する役に回る」と見ていました。
結局、どちらが正しい?
この対比を論じた人たちも、片方だけでよいとは言っていません。エーベルソン氏は、Scruffyをきちんとさせるのも、Neatを荒っぽくするのも難しいと認めつつ、「どのScruffyの中にも、Neatになろうともがく人がいる(その逆も同じ)」と書きました。選んだのは、Scruffyの側から出発して整えていく道。整った形式で扱えることを最優先にすると、取り組む一歩が小さく、腰の引けたものになりがちだからです。
マービン・ミンスキー氏は1991年の論文で、どちらの方法がよいかという問いそのものが間違っている、と言い切りました。必要なのは両方の長所を生かせる仕組みだ、という主張です。題名では、この対比を「論理と類推」「記号とコネクショニズム(脳の神経のつながりをまねる考え方)」とも言い換えています。1つの巨大なネットワークにすべてを自分で学ばせればよい、という考えも取り上げ、人の脳を生んだ進化に10億年という途方もない規模がかかった事実を無視しなければ成り立たない、と退けていました。
ニルソン氏の見方は、まだ若い分野のAIには両方が要る、というもの。Scruffiesは確立した理論の外にある未開の領域を切り開くのが得意で、Neatsは新しく得た知識を整理し、教えたり書き残したりできる形にします。コズマン氏も、データから学ぶ部品と、論理や合理性の原則にもとづく部品を組み合わせた仕組みが有望だと見ており、データから学ぶ部品は薬やワクチンの試験のように統計で当たり外れを確かめればよい、と考えています。ここに挙げた4人とも、どちらか一方だけで足りるとは書いていません。
Topic「Scruffies(だらしない人たち)」は、言い出した側の自称だった
ニルソン氏の本によると、この呼び名を最初に使ったのは、1970年代に自然言語処理(コンピュータに人の言葉を扱わせる研究)を進めていたロジャー・シャンク氏だったようです。自分たちのやり方を、マッカーシー氏らの理論寄りの研究と区別するためで、Scruffiesは研究者たち自身の呼び名でした。この区別を論文で最初に取り上げたとされるのは、1981年に米国の認知科学会(Cognitive Science Society)の年次大会で基調講演をしたエーベルソン氏。ところが論文には、言い出した人は「名前は伏せるが、すぐに見当のつく同僚」としか書かれていません。エーベルソン氏とシャンク氏は、イェール大学のAI研究で1977年に共著の本を出した間柄で、エーベルソン氏は同じ論文でイェールの立場を「典型的なScruffy」と呼んでいます。だらしない側の名札は、自分たちで付けたものだったのです。
Neats and Scruffiesに関するよくある質問
- AI以外の分野にも、この対比はある?
- あります。エーベルソン氏は1981年の論文で、同じ対立は科学のあらゆる分野に加え、芸術、政治、宗教、子育てなど、人のあらゆる営みに現れると書きました。心理学者シルバン・トムキンス氏の「左派と右派の世界観」の対比にもなぞらえています。ここでの左右は政治の立場ではなく、価値や真実のよりどころを一人ひとりの受け止め方に見るか、人とは別にある決まりに見るか、という性格の分け方です。
- 日本の国家プロジェクトも、この話に出てくる?
- 出てきます。2021年のコズマン氏の論文は、論理にもとづくプログラミングが大きな注目を集めた例として、日本が1982年ごろ、第五世代コンピュータの取り組みの多くを論理プログラミングに集中させたことを挙げ、Neatsが大きな成果を上げていた時期の出来事として描いています。