MYCINとは
MYCINとは、1970年代前半にスタンフォード大学で開発された、血液の細菌感染症を診断し、適切な抗生物質と投与量を提案する初期のエキスパートシステムです。エキスパートシステムとは、専門家の判断を「もし〜なら〜」というルールの集まりとして書き写し、その推論を機械に再現させるAIのこと。MYCINはその草分けとして、のちのAI研究に大きな影響を与えました。
専門医の判断をルールでなぞる仕組み
MYCINの中身は、感染症の専門医から聞き取った約600本のルールでできています。患者の症状や検査値を対話形式で尋ね、「もしこの条件がそろえば、この菌の可能性が高い」と一段ずつたどって結論へ近づく仕組みです。特徴的なのは、医療に避けられない「曖昧さ」を扱うために確信度という独自の数値を持たせた点でしょう。「白か黒か」で割り切れない診断の感覚を、「たぶんこの菌」という度合いとして表現できたことが、当時としては新しい工夫でした。
高い精度なのに、病院では使われなかった
スタンフォード医学部の評価で、MYCINの診断は約65%の受容率を得ました。これは指導医たちの評価(約42〜63%)と並ぶ水準で、専門家に近い実力を示したことになります。ところがMYCINは実際の臨床では一度も使われませんでした。理由は性能ではなく環境のほう。個人用パソコンが普及する前の時代で、共有の大型計算機にデータを手入力する必要があり、コンピュータに診断を委ねることへの法的・倫理的なためらいもありました。「できる」と「現場で当たり前に使える」が別物だと示した、示唆に富む事例といえるでしょう。
なお、MYCINが動いたのは1970年代前半で、ChatGPTの一般公開(2022年11月30日)より約50年も前のこと。AIを医療に役立てる試みは、生成AIブームよりずっと早くから続いてきました。現在の医療AIの多くは大量のデータから学ぶ機械学習型で、人が書いたルールで動くMYCINとは設計の発想が違います。
Topic「MYCIN」という名前はどこから来たのか
MYCINという名前は、抗生物質そのものに由来する命名です。ストレプトマイシンやエリスロマイシンなど、多くの抗生物質は語尾に「-mycin(マイシン)」が付きます。抗生物質を選ぶためのシステムにふさわしい名づけというわけ。研究の世界では、こうした洒落の効いた命名が意外と多く見られます。
MYCINに関するよくある質問
- MYCINは実際の病院で使われたのですか?
- いいえ。評価では専門医に近い精度を示しましたが、臨床では一度も使われませんでした。個人用パソコン普及前で大型計算機への手入力が必要だったことや、診断をコンピュータに委ねる法的・倫理的な懸念が背景にあります。
- MYCINは誰が、どこで開発したのですか?
- スタンフォード大学のエドワード・ショートリフが博士研究として、1970年代前半に開発しました。感染症の専門医から判断の手がかりを聞き取り、ルールの形に書き写したものです。
- MYCINのようなエキスパートシステムは今も使われていますか?
- ルールで判断する仕組みは一部の業務システムで今も残りますが、AIの主流は大量のデータから自分で学ぶ機械学習へ移りました。MYCINはその転換が起きる前の古典に位置づけられます。